MIZUKI Yuu Sound Sketch #49 by MIZUKI Yuu (C)2007 by MIZUKI Yuu All rights reserved Authorized by the author This River  毎日、決まった時間になると、その少年は川に水を汲みにやってくる。  肩に天秤棒をかつぎ、両端には大きく粗末なブリキのバケツをぶらさげて。  ころばないように慎重な足どりで岸辺まで降りてくると、天秤棒とバケツを地面に置き、両足を踏ん張って柄杓で水を汲みはじめる。そこまで降りてくる道はまるでけもの道のようにあやふやだし、雪溶け水でかさが増した流れは茶色く濁っている。  体重を固定しにくいごろごろした河原の石の上に、ゴム草履をはいた両足を大きく開き、せいいっぱいやせた手をのばして水を汲む。何度も何度も汲む。ふたつのバケツがいっぱいになるまで汲む。  そのようすを、私は対岸から望遠鏡を通して見ている。それが仕事だから。  まだ春先の川辺の空気は身を刺すように冷たいだろう。しかし、私のいる監視所は石油ストーブで暖かく湿り、窓ガラスも曇りがちだ。私のかたわらでは、相方が銃の手入れをしている。いや、手入れというより、もてあそんでいるといったほうがいい。相方は銃器が好きなのだ。  私は鹿のなめし皮で窓ガラスの曇りをもう一度ぬぐい、双眼鏡を目に押しつける。  いつもそうなのだが、少年は水を汲み終えると、一種放心したような顔つきで川面をながめる。疲れのせいか、それともなにか別のことを考えているのか。  少年は何歳くらいだろうか、と私は考える。八歳、あるいは九歳。いや、あちら側の子どもは栄養失調がちで育ちが悪く、年齢よりもずっと幼く見える。ことによるともう十一、二くらいにはなっているのかもしれない。  少年はその水をなんに使うのだろう。もちろん飲むのだ。煮炊きに使うのだ。たとえ茶色く濁った雪溶け水だとしても、それは生活のための大切な水なのだ。  少年はまだ川面を見つめつづけている。  茶色い濁流は、うねりながらもまっすぐ下流に向かっている。少年が考えているのは、おそらくこの川が生まれる山あいの風景ではないだろう。この川が流れゆく、青くはるかなる世界。彼が思いをはせるとすれば、それにちがいない。  この川のかなたには、海がある。  彼は海を見たことがあるだろうか。  彼をこの川に、この川の対岸の土地にしばりつけている者のことを、私は思わざるをえない。  少年は苦しそうに身体をひねってしゃがむと、天秤棒をふたつのバケツに通し、やせた両脚を踏ん張って立ちあがる。天秤棒がしなり、少年の両肩に食いこむ。  少年は川に背を向け、よろよろと堤防をのぼりはじめる。