MIZUKI Yuu Sound Sketch No.57    豆まき                for empathetic reading.  その男の子がどこからやってきたのか、村のだれも知りませんでした。男の子も話そうとしませんでした。  ただ、男の子が心に深い傷を負っているらしいことは、みんなにもわかりました。なぜなら、男の子からは深い苦しみと悲しみが感じられたからです。  いつもそうするように、村の人たちは男の子になにも聞かず、ただ黙ってご飯を食べさせ、子どものいる家に寝泊まりさせてやりました。  そこは特別の、でもとても小さな、貧しい村でした。男の子ひとり、とはいっても、食べる口がひとつ増えたわけです。けれども誰も文句をいうものはありませんでした。  村の子どもたちは小さながっこうに行っていました。しかし、みな貧しいので、がつこうの畑では作物を育てていました。畑の仕事もまた、勉強のうちだったのです。  あの男の子も、家の子どもたちといっしょにがっこうに行きました。けれども、やっぱりなにもいいません。ただ黙って苦しそうに、窓から海を見つめているばかりです。  ある日、村の子どものひとりが男の子にいいました。 「今日はみんなで豆を植えるんだ。きみも来いよ」  男の子はしばらくかんがえていました。実のところ、男の子は畑仕事なんか一度もしたことがなかったのでした。 「それって楽しい?」  と、男の子が聞きました。男の子が口をきくのを初めて聞いて、村の子どもはびっくりしてしまいました。でも、しばらくしてから、正直に答えました。 「ううん、それほど楽しくない。どちらかというと大変だ。喉は乾くし、腰も痛くなる」 「そんなつらい仕事にぼくを誘うのはなんで?」 「それは……」 「仕事の人数が増えると楽になるから?」 「それもあるけど、それだけじゃないよ」 「じゃ、なんで」 「なんでなのかうまく説明できないよ。なんとなくきみもいっしょに豆を植えたらどうかなと思って。それに、豆まきは苦しいばかりじゃないよ」 「なにがあるの?」 「芽が出たときはうれしいんだ。大事に育てて、豆がなったら、いろいろと役に立つ。きみは豆を食べたこと、ある?」 「もちろんあるよ。馬鹿にしてるの?」 「してないよ。でも、たとえば味噌って豆から作るってことを知らない子どもはいるからね」 「そうなの?」  男の子は目を丸くしました。どうやら、その男の子も味噌が豆からできることを知らなかったらしいのです。 「そうだよ。ほかにもいろいろ作れるよ」 「なにが作れるの?」 「畑に来れば教えてあげるよ」  そこで男の子は豆を植えるために畑に行ってみることにしました。  子どもにとってそれはけっこうつらい仕事でした。  畑を耕してから、灰をまき、畝を作ります。一本ずつ丁寧に土を盛りあげ、上をたいらにします。水はけがよくなり、豆がよく育ちます。作業もしやすいのです。  きれいに畝ができたら、小指くらいの太さの棒で穴をあけ、そこに豆を二、三粒ずつまいていきます。  男の子は、そんな面倒なことをせずに、いっぺんにバラバラっとまいてしまえばいいのに、と思いました。けれど、それではだめなのだそうです。 「鳩がみんな食っちゃうし、育ちも悪くなるからね。それに、余分な豆はとってないから、一粒も粗末にしちゃいけないんだ。一番いい豆だけを種に残して、あとは食べるために使うから」  豆は味噌を作る材料になるばかりでなく、豆腐やきな粉や醤油や納豆まで作れるんだということを、男の子は初めて教わりました。そればかりか、おいしい枝豆だってこの豆のことだったのです。  男の子も豆まきに加わりました。  いわれたとおり、棒で土の表面に穴をあけ、豆粒を落としてから、土を丁寧にかぶせます。そこに豆を埋めたことが鳩にばれないようにしなければいけません。  とても時間がかかる作業でした。隣の畝で作業をしていた村の子どもは、どんどん進んでいってしまいます。 「ぼくって、のろまだね」 「慣れてないからだよ。でも、きみのほうが丁寧だね。ほら。早いよりも丁寧なほうがいいよ。それに、慣れればきみだって早くなるよ」 「そうかな」  額から汗が伝って、鼻の頭からぽたぽたと落ちました。ひどく喉が渇き、腰も痛くなってきました。  顔をしかめながら立ちあがって、腰をのばすと、隣の畝の子もちょうど立ちあがって、腰をとんとんとやっているところでした。  目があって、なんとなくふたりは笑いあいました。  村の子も腰が痛いんだ、きっとぼくとおなじように喉も乾いているんだろうな、と男の子は思いました。そういえば、村の子の名前はなんていうんだっけ?  男の子は笑顔になったことが照れくさくなり、顔をそらしました。すると、視線の先には、初夏の陽光を受けてきらきらと光る海が、どこまでも広がっているのでした。