現代朗読協会公演「おくのほそ道異聞」
公演レポート


 夜の部は6時半開場、7時開演。
 チケットの予約状況から、満席に近い状態になることが予想されたため、5分だけ押して開演することに決定。ロビーでお迎えしたが、続々とやってくる。思いがけない知り合いの顔がひさしぶりに見えたり、遠方からわざわざ来ていただいた方がおられたり、ただひたすらありがたい。

 7時になったので、舞台袖に行き、待機。緊張感は昼公演とおなじだ。
 客入れ音楽が止まり、今度はスムーズに暗転がやってくる。うららさんといっしょに出る。すぐに演奏スタート。
 どうやら客席は満席どころか、立ち見が出ている状況のようだ。立ち見が出た場合は、第三場で出演者たちが客席通路を通って最後尾通路をぐるりとまわり、ふたたびステージ上にもどってくるという動きを変更することになっているのだが、うまくやってくれるだろうか。
 後で聞いた話では、先頭に立って通路を登っていった窪田涼子が、最後尾通路に人がいるのはわかっていたが、「行ける!」と独自に判断して、昼とおなじようにぐるりとまわって、反対側通路から降りていった。お客さんはさぞかしびっくりしたことだろう。しかも不気味に「あ、あ、あ……」と発声しながらの歩行だ。
 昼も夜もほとんどノーミスで、大きなトラブルもなく、それどころか出演者たちは自由にセリフを変えたり、動きで遊んだりして、楽しみながらやってくれたようだ。初舞台の者も多かったというのに、なかなかの余裕でびっくりだ。しかも、思った以上に声がよく出ていて、客席にもきちんと届いたという。三ヶ月にわたるみっちりした稽古と、出演者それぞれの個人トレーニングの成果なのかもしれない。
 夜の部では、三場冒頭の水谷友子による「あめのうみ」(水城雄作)の激しいリーディングに、音楽がからみ、しだいに盛りあがり、伊藤さやかもウォルフィーもうららさんも私も一体となって即興演奏が爆発し、やっていてもものすごくスリリングで楽しかった。そのあとのクライマックスに向かっての出演者全員の一体感は、やっていても実感することができた。
 長い拍手を私のピアノで引きとって、終了。
 出演者たちには急いで着替えてもらって、ロビーで待つお客さんとの短い歓談とお見送り。私は見送りをそこそこにしてステージにもどり、撤収の手伝いをする。
 スタッフのてきぱきした働きで9時すぎには撤収終了。伊藤さやかに幹事をやってもらって、仮打ち上げを近所のイタリアンパブでおこなう。
 この上なくおいしいビールをいただいた。

 終電ぎりぎりの1時すぎ、帰宅。そのまま泥のように眠る。
 翌日はしかし、早朝から六本木まで、舞台道具を積んで預けっぱなしにしてあった車を取りに行く。
 もどってくると、知り合いの編集者から電話がかかってきた。ずいぶんご無沙汰だが、辞書編纂の部門から、最近、一般書の部門に異動になり、またいっしょに本を作りたいという。それはともかく、昨日の公演についてかなり大きな評価をもらった。
 彼女は今年になっていくつか舞台公演を見たそうなのだが(有名なものばかり)、昨日の「おくのほそ道異聞」が一番よかったといってくれた。お世辞をいうようなタイプではないし、招待枠でなく自腹を切って観にきてくれた人なので、そういうふうにいってくれるのは本当にうれしい。みんなの声が届いていたことにも驚いたし、音楽も照明も衣装もよかったといってくれた。それを伝えるためだけに、わざわざ電話してきてくれたのだ。
 ほかにも生でいろいろな声を聞くことができた。
 シンガーソングライターの未知「RadioU」の収録に来たのだが、彼女もかなり楽しんでくれたという。今年一番の公演だといってくれ、各場面で何度も鳥肌が立ったらしい。彼女も自由で繊細な感性の持ち主なので、そういってもらえるのはうれしい。
 出演者の森川凛も、自分のブログで、
「主宰のイメージを具体化する過程でいろいろな迷いがありましたが、今までやってこなかった表現に挑戦したことは自分の意識を変える上で大いに役立ったような気がします」
 などと書いてくれている。
 ほかにも、スタッフとして手伝っていただいた津々美沙月さんからは、
「今回、芝居と重なっていたため出れなかったけど、出来たら出たかった。そんな気持ちを受けた舞台でした。今回のは一言では言いきれない、表現がたくさん入り交じり、見応えがあるものでした。今まで観たことない朗読公演でした」
 などといっていただいた。
 やはりスタッフで来ていただいた杉山ひさこさんには、
「中学・高校の国語で勉強し誰もが一度は目にした文学作品を、 個性豊かな俳優の方たちが、ただ「読み上げる」のではなく自分自身の身体を楽器のようにかき鳴らして、それぞれの音で音楽を奏でるように、言葉を紡いでいく、といった感じ。本当に「色々な」声があって、重なり合って、空間にしみていく。声と声の間に、本当の楽器(ピアノ・シンセ・ガムラン・サックス)とボーカルが即興を奏でている。言葉と音楽が、お互いにインスパイアされて、なんともいえない空気がそこにあったのです」
 などといっていただいた。
 私の学生時代からの友人のひとりは、「思わず長文のお手紙を書いてしまった」という。まだ届いていないけれど、読むのが楽しみだ。

 さて、この公演をステップに、私や、現代朗読協会や、参加者は、これからどこに向かおうとしているのか。
 方向性はきわめてはっきりした。方向性の確信を持てたことが、私にとってはもっとも大きな収穫だった。そして、みんなでひとつのものを作るということのすばらしさを体験できたこともよかった。
 私は曖昧なことはやりたくない。すべてやるべき理由がそこにあり、方法が白日のもとにさらけだされていて、しかし各人の個性がむきだしになった柔軟な表現。柔軟ではあるが、先鋭的で、あくまでも「前衛」の精神を持ったもの。
 まったくあたらしい表現の道をひらきつつあるんだという確信を持ちつつ、じっくりと次に進んでいきたい。



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